このページは、JONJONの日記のようなもの。
その時々に感じたことや、気に入った文章などを書きとめた文章の集合体。
「今日のメモ」1996年12月20日より記録開始。
961225、MSIME97を買ってきて、インストールしちゃった。これからばりばりパソコン使って行くぞ。
970102、起動初め。「煤はきて心の煤はかへり見ず」越智越人。以下、中島義道の言葉。「哲学とはけっして「深い」ことではない。人生の深奥にではなく、「数える」といった日常生活の表面にその秘密のすべてが隠されているのです。・・・人生の内奥に対する卓見や洞察ではなく、単純な目で世界の表面を見続けることが哲学的とういうことであり、とすれば哲学者の目は当然子供の目に近づく、・・・例えば「自我」について「存在」について「時間」について「因果律」について、ごまかさずに立ち入れば、いずれも目を覆うような泥沼が待ちかまえております。その泥沼にあえて危険を冒して入り、その 中でいかに真剣にもがき苦しんでいるか、それがある理論の価値を決めるメルクマールとなります。・・・」今日は妻といっしょに川崎大師に初詣に行った。「本厄」の歳というので厄除けのお守りも買った。めげていてもしょうがないのでマイペースで元気にやっていきます、と年賀状の返事には書いた。運試しに福袋を買った。今年はなかなかいいコートやセーターなどが入っていた。気分を良くして、一年を始めよう。
970104、ピアニスト内田光子の言葉、「英国の気質として、人の個性というものを認めるんです。ウィーンなんか、着るものとかお隣がピンクの靴下履いてたなんてゴタゴタいう人の山ですからね。普通の線が大体決まっている。英国は千差万別、普通ということがあまりない。」「日本語は、意味をあいまいにしておく、必ずどこかに逃げ道を作っておく言葉だと思う。私は逃げ道を作りたくない。なるべく誤解なくしゃべりたい。」、「ある日、はっと気がついて辞書を全部引いてみたんです。そしたらプライバシーに当たる日本語がないわけ。その観念がない、言葉の中にも。ないということが恐ろしいと思った。」(ウィーンに十年住んだ。音楽の都は伝統の都、べからずの都だった。しかし)「過去のすごい人がすごいことをしていても、私は私。間違っていても、自分に忠実なことをしなきゃ。」「日本語の”違う”には”異なる”という意味もあるわけね。”異なる”は”いけない”って意味も含んでいる。でも私、異なることは素晴らしいと思う。」朝日新聞3日付の天声人語より。
970107、フォトデラックスインストール無事終了。カレンダーサンプルを試しに印刷する。非常にきれい。プリントスタジオより操作感よし。
970111 、「検索」の面白さを少しずつ味わっている。「パソコンやるならデータベース」って言うけど、ちょっとは使えるようになりたいものだ。フィルムスキャナー欲しい。
970127、職場にタクシーを呼んで出かけた。一時間後に私は東横線に乗って田園調布駅のあたりを過ぎていた。タクシー代は3500円。新宿の美術館で妻と待ち合わせである。時間がないので、タクシーを呼んでしまったのだが。もったいない気もするが、こういうふうに金や時間をロスすることで気分転換したくなるほど、せわしない毎日の状況なのである。
970131、「近ごろ「自己責任」の語をよく耳にする。・・・クリスマス休暇を利用して、フランスから一時帰国した知人と話して、その重みを痛感した。かの地の習いに沿い、都心の横断歩道で知人は赤信号を堂々と無視した。もちろん車の流れを、自分で見据えて渡ったつもりだ。ところが、後がいけない。ぞろぞろと他の歩行者がついてきた。たちまちクラクションが鳴り響く。去年、この欄でも論じた問題だが、赤信号はみんなで渡れば怖い、のである。自己責任の原則に従えば、個人は信号によらなくても、自分で安全を確認して行動する。だが付和雷同の原則なら、ただ他人の背に追随していくだけだ。これでは物騒極まりない。何につけても横並びの発想の日本と、そしてフランスと。この知人はそこに、死生観の違いを見る。・・・・」朝日新聞29日付の天声人語より。
970422、20日、ついにロータススーパーオフィース97を購入した。そして今日インストールに成功した。新たな気分でいろいろなことをやってみようと思う。そう言えば、デルは新シリーズ「ディメンション」を発売。気になる。
970503、次女の佳苗が初めて母の実家の会津若松に行った。実にあっさりと車に乗って去っていった。娘はこんなふうに、やがて「実にあっさりと」父のもとを去って行くのだろうか。
970504、「コップを見る。それは「コップ」という<ことば>で対象を見ることだ。」・・・「人がどれだけことばを費やして”描写”しても<もの>自体は犯されないのだ。」(梅田他「新作文宣言」より)
970703、神田末広町のパナソニックカスタマーセンターに行く。パソコンを持ち込んで動作確認をしてもらうなんて、もちろん初めてだし、そこまでするようになるのも今までの私には考えられなかったことだ。それはともかく、社員の丁寧な対応にご機嫌のひとときを過ごした。買おうかな。取りあえず、値段交渉。外付けCDドライブ。
久しぶり!!!!!!
991005、新聞の夕刊に出ていた言葉。ADHD(注意欠陥多動性障害)。それと、官僚の「国会待機」。
991007、PTSD(心的外傷後ストレス障害)
991012、トラウマX(被虐待児症候群)母性は消えるのか?
991023、ディジタル・・・・失われた時間・・・・
人間は地球を、「星の皇子さま」が訪れた「五番目の星」にしようとしている。・・・・・
自分のものにしてしまったことでなけりゃ、なんにもわかりゃしないよ。人間ってやつぁ、いまじゃ、もう、なにもわかるひまがないんだ。あきんどの店で、できあいの品物を買ってるんだがね。友達を売り物にしているあきんどなんてありゃしないんだから、人間のやつ、いまじゃ、友達なんか持ってやしないんだ。・・・・
キツネの教えてくれた秘密・・・さっきの秘密をいおうかね。なに、なんでもないことだよ。「心で見なくちゃ、ものごとはよく見えないってことさ。かんじんなことは、目に見えないんだよ。あんたが、あんたのバラの花をとてもたいせつに思っているのはね、そのバラの花のために、ひまつぶししたからだよ。」・・・「人間っていうものは、このたいせつなこと忘れてるんだよ。・・・」
991024、パリの町がテレビで映されていた。2階以上のスペースになんと、ネオンサインがない。
991108、ADSL(非対称ディジタル加入者線)。ISDNよりも速いとか。今後が楽しみ。PCについては、とりあえず、熱は冷めた。雑誌も買うのをやめたし、いろいろ問題があるのなら、いっそのこと2000年まで待つことにした。2000年に新しいパソコンと新しい家。いいね、いいね。もう今年も終わろうとしている。
「あなたの近くの黒松5本でダイオキシンを測定して地図に載せよう。」ダイオキシンの測定運動。生活クラブ生協が呼びかけて、市民の関心を高めようというもの。計る材料は、黒松の葉がいろいろな意味でよいとのこと。
991122、沖縄の普天間基地
991125、NLP(夜間発着訓練)厚木基地の戦艦機のNLPの代替施設として横須賀沖で実験中のメガロフロート(超大型人工浮島)が二千メートル以上になれば(現状千メートル)、考慮するとのこと。在日米海軍司令部ドナルド・A・ワイス司令官。
EPO(エリスエポロチン)血液中の赤血球を増やす働き。酸素摂取量が高まって持久力が向上する。スポーツ界で知る人ぞ知るドーピング(禁止薬物使用)の代表格。
PBL(問題基盤方学習)方式。ある医科大学で医学序論で導入した方式。問題解決型学習の一つ。医学生の卵に自主性を植え付けるということか。学問の姿勢だけでなく倫理観も大いに植え付けてもらいたいもの。
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000212、BIE(博覧会国際事務局)2005年日本国際博覧会(愛知万博)跡地利用の問題で計画再考を愛知県、博覧会協会に求めた。
000424、ミミズコンポスト。ヨーロッパでは、おなじみだそうだ。シマミミズという種類。なまごみを食べ、「適当な養分、保水力、通気性のある土壌、である糞」(中央大、中村方子教授、『ミミズのいる地球』の著者)を出す。
000425、ロースクール(法科大学院構想)現在の司法試験は、予備校で受験テクニックを磨いて合格する学生が多くなっており、「法律家を選ぶ方法としてふさわしくない」という指摘が強い。このため、法律家に必要な素養をじっくり身につけさせる教育機関を大学院に作り、そこで学ぶことを法曹になるための「第一関門」にする。という考え。
000428、改正JAS(日本農林規格)法。化学肥料を使っていい無農薬農法がまかり通っていた法律の改正。
000516,、娘が学校で作ったゴーヤチャンプルー。味を占めて、今晩家でも作るということになった。家族全員で台所に立つ時が楽しみだ。
000612、いよいよ2台目のPC買うことにした。IBM、ThinkPad{iシリーズ}1200。FDDはオプションで7月出荷だそうだ。
000823、「夜空ノムコウ」、作詞:スガシカオ、作曲:川村結花
あれからぼくたちは 何かを信じてこれたかなぁ・・・
夜空のむこうには 明日がもう待っている
誰かの声に気づき ぼくらは身をひそめた
公園のフェンス越しに 夜の風が吹いた
君が何か伝えようと にぎり返したその手は
ぼくの心のやわらかい場所を 今でもしめつける
あれからぼくたちは 何を信じてこれたかなぁ・・・
マドをそっと開けてみる 冬の風のにおいがした
悲しみっていつかは 消えてしまうものなのかなぁ・・・
タメ息は少しだけ 白く残ってすぐ消えた
歩き出すことさえも いちいちためらうくせに
つまらない常識など つぶせると思ってた
君に話したことばは どれだけ残っているの?
ぼくの心のいちばん奥で から回りしつづける
あのころの未来に ぼくらは立っているのかなぁ・・・
すべてが思うほど うまくはいかないみたいだ
このままどこまでも 日々は続いていくのかなぁ・・・
雲のない星空が マドのむこうにつづいてる
あれからぼくたちは 何かを信じてこれたかなぁ・・・
夜空のむこうには もう明日が待っている
000831、サンテグジュペリの『人間の土地』より
「ついに何ものもきみを解放してはくれなかったが、それはきみの罪ではなかったのだ、きみは、かの白蟻たちがするように、光明へのあらゆる出口をセメントでむやみにふさぐことによって、きみの平和を建設してきた。きみは自分のブルジョア流の安全感のうちに、自分の習慣のうちに、自分の田舎暮しの息づまりそうな儀礼のうちに、体を小さくまるめてもぐりこんでしまったのだ、きみは、風に対して、潮に対して、星に対して、このつつましやかな堡塁を築いてしまったのだ。・・・きみは答えようのないような疑問を自分に向けたりは決してしない。・・・何ものも、きみの肩を鷲掴みにしてくれるものはなかったのだ。」
《JONJONアレンジ》;ついに何ものも君を解放してはくれなかったが、それは君の罪ではなかったのだ。君は、かの白蟻たちがするように、あらゆる出口をセメントでむやみにふさぐことによって、君の平和を建設してきた。君は自分の安全感のうちに、自分の習慣のうちに、自分の日々の生活の息づまりそうな儀礼のうちに、体を小さくまるめてもぐりこんでしまったのだ。
「ある一つの職業の偉大さは、もしかすると、まず第一に、それが人と人を親和させる点にあるかもしれない。真の贅沢というものは、ただ一つしかない、それは人間関係の贅沢だ。物質上の財宝だけを追うて働くことは、われとわが牢獄を築くことになる。人はそこへ孤独の自分を閉じ込める結果になる、生きるに値する何ものをも贖うことのできない灰の銭をいだいて。」
《JONJONアレンジ》;ある一つの関係の偉大さは、もしかすると、まず第一に、それが人と人を親和させる点にあるかもしれない。真の贅沢というものは、人間関係の贅沢だ。
「長い年月、人は肩を並べて同じ道を行くけれど、てんでに持前の沈黙の中に閉じこもったり、よしまた話はしあっても、それがなんの感激もない言葉だったりする。ところがいったん危険に直面する、するとたちまち、人はおたがいに発見する。・・・他人の心を発見することによって、人はみずからを豊かにする。・・・そのとき、人は似ている、海の広大なのに驚く解放された囚人に。」
《JONJONアレンジ》;長い年月、人は肩を並べて同じ道を行くけれど、てんでに持前の沈黙の中に閉じこもったり、よしまた話はしあっても、それがなんの感激もない言葉だったりする。ところがいったんある関係に直面する、するとたちまち、人はおたがいに発見する。・・・他人の心を発見することによって、人はみずからを豊かにする。・・・そのとき、人は似ている、海の広大なのに驚く解放されたカエルに。
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040518、日めくり式のカレンダーとふつうのカレンダー。デジタルなものとアナログなもの。轡田隆史『考える力をつける本』を読んでいてふと思いついた。今日の日は一目で分かるが、月末まであと何日、という見方が出来ない。というか、視覚的にとらえられない(引き算するしかない)。デジタル時計とアナログ時計についても言える。
040520、“自己回復の道としての孤独”・・・「ひとりの時は人の中に帰っていく道を開いてくれ、孤独な時は自分に帰っていく道を開いてくれる。」(ムスターカス『愛と孤独』より)・・・諸富祥彦の『孤独であるためのレッスン』で引用されていて印象的だった。
040530、“ストローの穴から天井をのぞく」ことをおそれるな”・・・広島は広島であることによって、長崎は長崎であることによって、沖縄は沖縄であることによって、普遍性を持つ。阪神淡路大震災の被災地もまた、苦しみを体験した地域であるがゆえに、普遍性を持つ。このような地域の人間一人ひとりの営みを見つめることから出発しよう。最も個別的で、最も地域的なものこそ、最も普遍的なのである。(轡田隆史『考える力をつける本』より)
040611、報道ステーションでキャスターの古館一郎と五木寛之の対談。印象的な話しが色々あったが、中でも「地域がだめになると中央が駄目になる。心臓なんかより指先とか耳とかの末端が大事。」というのがよかった。040530で抜き書きした轡田の文章を思い出した。
040704、6月末、子どもがテストにでると言って、憲法前文を繰り返し読んでいた。ふと前文を覚えたくなった。結構長いぞ。
日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し、われらとわれらの子孫のために、諸国民との協和による成果と、わが国全土にわたって自由のもたらす恵沢を確保し、政府の行為によって再び戦争の惨禍が起ることのないようにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであって、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを享受する。これは人類普遍の原理であり、この憲法は、かかる原理に基づくものである。われらは、これに反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除する。
日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであって、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。われらは平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めている国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思う。われらは全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免れ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。
われらは、いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであって、政治道徳の法則は、普遍的なものであり、この法則にに従うことは、自国の主権を維持し、他国と対等関係立とうとする各国の責務であると信ずる。
日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓う。
040830、アテネオリンピックが終わった。寝不足でも、また見てしまう、を繰り返した日々。メダルの数を毎日数えておさらいしてるマスコミはどうでもいいけど、プレッシャーの中で精一杯選手が頑張っているのは素敵なことだ。ただ、最後に男子マラソンで首位を走るブラジル選手を妨害したアイルランド人(?)のわけの分からない行動と、室伏選手に転がり込んだ金メダル。不思議な、そして後味の悪い締めくくりになった。後者の件は、オリンピックにつきもののドーピング事件がらみ。一番とまどっているのは、室伏選手。記者会見で彼が言ったことが印象的だった。銀メダルの裏に描いてあったギリシャ語の詩を訳して読み上げた。
「真実の母オリンピアよ あなたの子ども達が 競技で勝利を勝ち得た時 永遠の栄誉を与えよ それを証明できるのは 真実の母オリンピア・・・古代詩人ピンダロス」
そして、「金メダルを期待していただくのは本当にうれしい。でも、金メダルよりも重要なものがほかにもたくさんあるんじゃないか。スポーツ、オリンピックを別の角度から見ることができるのでは。この詩の「真実」というのが印象に残った。」と語ったという。とても素敵な言葉だと思う。室伏が大好きになった。マスコミも、日本国民も、金メダルを一個足してはしゃぐことよりも大切なことがありそうだね。
050104、新しい年を迎えた。元旦から家族で初詣に出かけたり、展覧会に行ったり、コンサートにも行った。今までにない密な正月休みを終えて、今日仕事始め。身体に自信なく、医者のはしごをしてしまった年末のことを忘れて・・・とは思いつつも、年賀状の返事には「身体に相談しながらマイペースでいきたいと思います。」と書いてしまった。何年かぶりにコートを買った。スーツも買おうと思う。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・2006年・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
060219、この一年間で、いろいろなことがあった。僕自身のことも、家族のことも。自分の中をじっくりのぞき込み、家族のこころの嵐をどうすることもできず。何も書き取るメモがないほど、ある意味で深刻だったということか。ある程度距離を置かなくてはここには書けない気がする。ということは、少し余裕が出て来たのか。ホームページもそろそろ更新をと思い、ほんとに久しぶりにホームページ作成ソフトを開いた。
今日のメモ