日 記 ど う ?




◆平成17年4月の日記どう◆

2005年4月30日(土)
テング・ボーイ

 南蔵院さん(豊島区高田)に着くと「今晩、御通夜が入っちゃって…」と奥様。『19:00御通夜、翌日13:00葬儀』どちらも結構遅めの開式時間。しかも亡くなった当日に早速の御通夜。2日が友引とはいえ「バカに気忙しいな」の印象。住職と葬儀屋さんの電話でのやり取りを推し量るとこの日程を推しているのは住職らしい。職員のワタシが来週月曜から木曜まで本山に行くので「邪魔しないように」とのご配慮か?…微妙だわな。真相がどうであれポジティブシンキングは人生お得ですよ、と。
 15:00頃からお寺の座敷に支度を始めて、17:00には御納棺、支度の最終チェックも終了。一服してから定時の開式。ご遺族がお待ちになっている部屋へ住職共々。仏さまへの礼拝を終え着座。いつもどおり、お経の前に住職がアレコレと。脇に控えていたので眼をつむって耳を傾ける。
 仏さまへの御礼とご遺族への懇ろなお悔やみ。仏さまとの思い出話にお戒名の説明。気持ちのこもった言葉の力か、決して重苦しくない落ち着いた雰囲気となる。故人を偲ぶ貴い時間を過ごすきっかけになったことと。
 本山でのゲリラ布教を重ねて言葉をそれなりに磨き、自信めいた誇らしい僅かばかりの心持ちをお土産に戻りました。今晩の御通夜で南蔵院の住職がしたような、じっくり染み入るように言葉を紡いでいく話と、本山の境内で道行く人の脚を止めさせるため笑いを取りつつワアワア盛り上げていく話は、話し手の目的も違うし聞き手が求めているものも違う。比べて考えること自体がナンセンスなんでしょうがね。ただ、こうも鼻っ柱をポッキリやられるとねぇ。ホントみっともないですよ。自前のテング鼻が伸びないようマメに手入れしているのならいざ知らず、伸びたところを他人様に折って貰うなんて。30男のするこっちゃありませんな。

2005年4月29日(金)
やっぱ睡眠でしょ

 時間と生気をいくらでも吸い取ってしまうTV。刺激的で多様な情報がひっきりなし。しかも分かりやすい番組作りで一所懸命なのだから、居座ってしまうのも無理もない話。「多くの方が観てるからこそ話材集めには便利」と聞いたことも。TVから話材かぁ。純粋にザッピングを楽しんじゃうので話材集めのアンテナは動かないらしい。
 「TVを見ると寿命が縮む(かもしれない)」と、極力観ないように心掛けているものの、TVが在るとねぇ、ついつい観ちゃいますな。時間を吸い取られないための思惑があるからですが上手いこと参りません。
 結構前の話。西光寺にはTVを置かないつもりだったんだけど、お檀家さんから、ご奉納の申し出。座敷を新築するときの世話人会で「TVなんかいらねぇやい」と当時から突っ張ってた。「お寺のためを思って今時の若いもんがTVを観ないとまで言ってくれる」不憫に思ってくれたらしい。
その時の勢いはどこへやら。おかげさまで重宝してます(結局観てら)。
 TVは格闘技とお笑い限定。しばらくぶりにドラマに嵌りました。もちろん『タイガー&ドラゴン』ね。落語断ちの鬱憤晴らしではなく、あくまでも勉強。落語のいじり方が参考になるんだよね。落語が布教に結びつけられれば、それはそれで愉快でしょうから。
 放映7分前で寝てしまいました。本山での喋り疲れがドッと襲ってきたよう。前回の『饅頭こわい』が面白かったので期待してた。残念。

2005年4月28日(木)
♪人間なんてラララ ラララ ラーラ〜♪

 前半の最終日。何とか都合をつけて参加してくれたブラザーTさんと二人で喋り捲りの日々でした。Tさんは初めての布教実習参加。「右も左も分からないどころか見当もつかない」であろうTさんは勇敢でした。というのも、ゲリラ布教のスイッチが入ったが最後、単独行動へまっしぐらのワタシ。一人取り残されるTさん。幾度と無く放置プレイを強いてしまいました(申し訳ないっス)。無責任で頼りにならない輩のお付き合いを3日もしてくれたTさんの忍耐力と度量に脱帽です。
 長編ゲリラ布教(40分)を終え五重塔付近の持ち場への道すがら、 
  「いよっ、ジュンちゃん!!久しぶりっ」右手をシュタッと上げて声をかけて くるオジチャンに遭遇。
  「!?…あの〜以前お会いしたことが」
  「去年の紅葉のころ来たときに案内してもらってさ、牡丹の頃にも来るって言うから…」
 キター長谷寺マジック。最終日にアジなサプライズを持ってきてくれました。しかも、こちらから話しかけるのなら兎も角、一度長谷寺の案内をした“だけ”の坊さんに声をかけてくれるなんて。うれしいやら、びっくりするやら。不覚にも目頭が熱くなりました。照れ隠しに冗談めかして
  「ワタシに会いにワザワザ来てくれるなんて〜」
ヨヨと泣き崩れるふりでお茶らけるワタシ。
  「いやいやそうじゃなくてね、牡丹がいいって聞いたから」(真顔)
  「…それもそうですよね」(バカづら)
 
思い上がりも大概にしないと。
粗忽者万歳。

2005年4月27日(水)
「この人は喋っていないと死んでしまうお坊さんです」byプリンコさん

 しゅうよ先輩がお檀家さんと一緒にいらっしゃいました。6:30からの朝勤と合わせての開帳法要(法要中に観音さまの前にある帳がズーッとさがるのね)にご参列。昨日の夕方に観音堂へいらっしゃった(そこでも布教させて貰っちゃった。詳細は“布教どう”で)ので重ねてのお参り。6:15から6:27ぐらいまでのお話も担当させてもらいました。「結果のほどは?」ですか。それがね、褒めてもらったんすよ。「昨日の話は良かった」だって。トホホ。引き続いて五重塔へ。ここはゲリラ布教の活動拠点で言わばホームグラウンドみたいな場所。俄然力が入りました。結果は「アンタの話はオチがあるからいいねえ」ときた。「…落語みたいに」を飲み込んでくださった。しっかりと耳を貸してくださるやさしいお檀家さん達でした。
 天候も良く参拝者も多数。慌ててお大師さまのおわします御影堂を開放。その甲斐あって御影堂(20分)×3、長編ゲリラ布教(40分)×3、ショートゲリラ(20分)×4。喋りまくりの一日でしたな。心地よい喉の痛みと顎関節の違和感は、喋り過ぎによる顎関節痛の予兆か。

2005年4月26日(火)
ガチンコ3番勝負

 新横浜駅の始発6:18 のぞみ一号で「花の御寺」として知られる(“花のみ寺”と変換…まぁWordだからね)総本山長谷寺へ。10:30過ぎに到着。お山の職員さんへ挨拶かたがた牡丹の状況を伺うと「珍しくゴールデンウィークに満開」という。温暖化で早い開花が続いてたので幾分遅め。いい天気だし控えめな牡丹の薫風が心地いい。だからか牡丹の半端な咲きっぷりへのクレームもなし。いいカンジです。牡丹目当てか散歩目当てか、お参りの人が昼過ぎから増えだして早速ゲリラ布教。去年の11月に紅葉の頃にお邪魔して以来。第一声は躊躇するも、だんだんエンジンがかかってくる。何とか40分コース終了。ちょっとでも「わからない」「ツマラナイ」と思った方は視界から消えてゆく。ガチンコ布教は緊張感があって燃えますな。準備やら何やらで手間取って3回のみ。にしても、無駄な言葉が多すぎ、回りくどすぎ、大きく構えすぎ。簡潔明瞭にスパッとひたむきに喋らないとね。時間をとってくれた方に申しわけもなし。自分へのダメだしは付き合ってくれた聞き手に失礼なうえに、言い訳じみて格好悪い。やれることといえば矢張り、反省、となりますか。
 ご詠歌で同じ面子に定期的に喋るのは考えようによっちゃキツイ。同じ話ができないものね。ゲリラ布教もキツイ。内容によっちゃ途中でいなくなっちゃうし。どちらも聞き手と真剣に向き合っている緊張感とその面白さは同じ。

2005年4月25日(月)
安全性込み

 都営地下鉄の車掌をしていた叔父が「電車に乗るときは真ん中の車両の真ん中あたりがいい」と言ったっけ。田んぼの畦道をランドセルに入れた筆箱をカチャカチャ鳴らしながら通学した思い出が今でも強く残っている人間には、ワンサと人が密集する車両に突入するのは酷な話。今でも電車の車両選びに関しては「混んでるのがやだ」と叔父の言葉に耳を貸すことはない。人気の少ない端っこを目指して一目散である。これを除けば素直ないい子として順調に育ったらしい。きっと異論があるだろうが。
 お釈迦さまは「概ねほどほどがいいんじゃない?」と中道を説かれたが、悉く「真ん中」を避けているようだ。西光寺のお座敷で使っているスペースは真ん中じゃなく布団を入れてある押入れ付近、座敷の隅だし、通勤はいつも個人の空間が確保されてる車。何かの都合でラッシュ時の電車に乗るときは、年甲斐も無く、いくらかの心固めをしているし。映画を見るときは壁側列の通路側席、新幹線のグリーン車両にはまず縁が無い。明日から長谷寺。古の中心地へ向かうかと思うと気が重く…なワケないか。
 多くの方が突然鬼籍にみまかれた列車事故。安らかなご冥福を長谷寺の観音さまにお祈り申しあげます。九死に一生を得た被害者のみなさまのご健康、今もどこかで移動中の方々の安全を祈念させて頂きます。
 一番前の車両から多くの犠牲者がでてしまったという。こういったことも含めて叔父は「真ん中の車両…」と教えてくれてたのかも。長いことかかりましたが叔父の意見に納得です。

2005年4月24日(日)
先天的にダメ人間

南蔵院さん(豊島区高田)で一仕事終えて、下落合のお寺さんで書道会。山門左脇の車道を抜けると駐車場。季節柄なのか鯉幟が泳いでました。♪屋根よりたか〜い こいのぉぼぉり〜♪久々に眺めると知らず口ずさんでしまいますねぇ。いいもんです。多くの牡丹が咲き乱れるお寺としても知られるので、良い頃合の花々目当てでカメラマンも多数。
 先生が仰ってることは分かるのに出来ない。筆の運び方をみているのに同じ線が出ない。もどかしいったらない。毎月わずかばかりの時間だけれども紙を汚してきた甲斐あって、面白くなってきました。吾ながらオドロキです。以前は硯をみるとお腹が痛くなったもの。
 「喋りの変化は振り返ったときに気が付くもの」と村上さんが仰ってたっけ。ここんとこ通勤時間を使って調音(括舌の練習)プリントを読んでる。効いてるのかなぁ。「小田急線の生田駅の近くに、ご詠歌でお世話になっているI先生のお寺があって、ご詠歌の検定があるっていうもんでお邪魔してきたんですけどね…」なんていう以前だったら突っ返そうな言い回しをサーッと。正直驚いた。前までの喋りと変わってる実感があったもんで。習字についても空いてる時間を貪欲に使ってれば、自分でも驚くほど変わってくるはず。どんなものでもそうか。
 書道を終えて実家の極楽寺(緑区西八朔町)に戻り、ご詠歌。19:3021:00まで。610日の大会に向けて時間を使い始めました。「まだ先が長いから」とお喋り多め。こちらは治らないようです。
 

2005年4月20日(水)
突撃隊

南蔵院さん(豊島区高田)と縁深い下落合のお寺さんでの『大般若転読会(だいはんにゃてんどくえ 大勢のお坊さんでお経本をパラパラ〜っとね)』手伝い。そちらさんは本堂にお作法をするための支度が3段構えで設えてあるので、お護摩のお作法も同時進行。お札も出しております。
こちらの恒例で催される『大般若転読会』ですが今回は特別。ご本堂の屋根改修と書院の耐震工事が終えたお披露目も込み。にぎやかでした。総本山長谷寺(奈良県桜井市)に似せて整えた境内には牡丹が多く植えられて、花見の方もチラホラと。ちょいと早かったようですが。
法要後の片付けもボチボチ終えようか、というときに若住職さんと最近のニュースについてアレコレ。日参してるWebがほとんど被ってました。こんなこともあるんですな。人との出会いは不思議なもので。

2005年4月19日(火)
リアルポパイ

5月の護摩法要のご案内と合わせて、ご縁ある方へ差し上げている『西光寺だより』。最新号(15号)に向けてようやくエンジンがかかり始めました。かなり前からココロの準備はしてるんだけども、動き出すのは別手順のようで、なかなか動き出さない。仮に動き出しても良いものが出来ないんだよね。昨日の夜中から「エンジン始動!!」という高揚感。一気呵成に「オラオラ〜」と難物のコラム、仏教用語解説のたたき台を拵えて600の鐘突き。「鐘の音でスッキリさせよ」と突っかけを引っ掛けてフラフラと鐘楼堂に向かうと、極楽寺のお檀家さん。
「突きに来ました。いいですか?」
「えぇ、どうぞごゆっくり…」
 戦後の大変な時代を乗り越えてこられたジイサマも、想定外の返事にポカンとなすってた。突拍子もない日常会話をさせたら天才的ね、オレって(日本語が下手ということね)。
反省しつつも「起きてて寝ぼけると承知しないよっ!!」という『火焔太鼓』のおかみさんの声がふと。「何十年も前の落語のクスグリそのままのことをしてた」ことが可笑しくて薄気味悪くニンマリしてたらしい。(※寝不足でヘンになってた、ということで。街で見かけても石を投げないでよん)
「…あの、今朝とってきたホウレン草少しだけど」
「ありがとうございます、早速いただきます」
 濃い緑色の葉っぱに茶色の土くれと水滴が映えて、見た目で旨そう。早速いただきました。その甲斐あって昼のご詠歌13001600も何とかクリアー。

2005年4月18日(月)
親父ギャグ前夜

父は興に乗ると駄洒落を連発する性質で、『下手な鉄砲も…』で繰り出される粗悪品に辟易しかけたところへ珠玉の一言があったり。不覚にも笑ってしまうのを見届けると満足そうな笑みを浮かべる。「人の話を真面目に聴いてないでしょ?」と悔し紛れに言うのが関の山。同じ遺伝子が宿っていると考えるとつくづく歳なんかとりたくないものと。どうにもならないけども。こんなことを考えるのも自覚症状めいたものがあるから。友人の話を聴きながら不必要にオチをつけようとしたり、仲間とのバカっぱなしを何とはなしに取りまとめようとしたり。親父世代ともなると、それなりに時間が貴重なものになってくる。で、笑いと総括をより効果的に言い表すべく捻り出されたのが親父ギャグ、と考えるとそれなりに納得が…いかないか。
日記を始めてよかったことは一日の出来事を反芻する癖がボンヤリついたこと。この作業はデスクワークの多い坊さんの話材集めには欠かせないでしょう。事実、ご詠歌の講習でこの日記がどれだけ役に立ってるか。(分かるかなぁ わかんねぇだろうなぁ …イェ〜)
 陥りがちな「何かいいネタあるかしら症候群」への警鐘を、村上さんから頂いちゃいました。身の回りにある些事からネタを拾うアンテナを張ってる行為なんだからいいじゃん、という気もします。けどね、違うのですよ。
「使えるネタはねえが〜」という物事の見方と「気の利いた駄洒落をいってやろう」という話の聞き方は、どちらも言うなれば上の空状態。真剣に対峙していない点でとても良く似ています。
ネタとか何とか関係無しで純粋に出来事を楽しみ、駄洒落なんかに余計な神経を使わず真摯に耳を傾けたほうが、周りの皆もきっと面白い。

2005年4月17日(日)
答え:くりん(ドングリを薄気味悪く擬人化したもの)

 ご詠歌でお世話になっている東福寺さん(中野区江原町)で催し。護摩法要でした。法要を終えてから敷地内にある幼稚園の園庭で清宴。ぽかぽか陽気の中で、ご詠歌の皆さんと語り合うのは、気持ちがいいもんです。方々でバーベキューした大学時代を思い出したり。煮物の筍をパクつきながら、♪な〜つが過〜ぎ 風あざみ〜♪などと。面白かったなぁ。去年に引き続いてのお手伝いだけど、雨降ったらどうなるのかな。余計な心配か。一昨年の『西光寺山火祭り』じゃないけど、雨降りの場合を想定していない、なんてことが…有り得ないか。
 16301800まで下落合のお寺さんで書道会。教え方が分かりやすいうえに上手い。いい気分で筆を持てるようにのせてくれるんだよねぇ。
「良いところを見つけて“良さ”を伸ばすように導くのは、笑われてしまうかもしれませんが骨が折れるんです」と村上さんが言ってたっけ。確かに、ご詠歌の講習でも目に付くのは先ず悪いところだもんね。グッと堪えて長所を見つけ、その中でも“らしい”ところを伸ばす…できたら素敵です。
そんな先生に折角教えて貰ってるのに、欠伸を噛み殺すのに必死でした。先立つのは生徒の資質ですな。反省。

2005年4月16日(土)
奥多摩のアイドルといえば?(答えは明日の日記で!!)

ダメだわ、ニュースが面白すぎて。夜更かしの日々が続きます。こんなに夜中起きてるのは、『24 シーズン1』テレビ放映以来。Netには刺激満載のweb多数。それらを閲覧してるだけでかなりの時間が経つうえに、床に入っても身体は眠いけど脳ミソ元気もりもり。で、妙なテンションで本を読んでるうちに意識がとぶ、朝を迎えるとなるわけで。
日によってだけども、今朝は500頃から掃除開始。眠かったんだけども、「ここで寝たら起きるのはムリ」と大人の判断が働いたので。明日の“お茶会(毎月一度開催)”に備えて、掃除機かけ〜雑巾がけ〜畳ふき等々、一通りの掃除。手狭な西光寺だから可能なんだよな〜この時間でも。もちろんポケットラジオでニュースを聞きながら。
掃除や散歩などで身体を動かしつつ出来る頭脳作業というと、ボンヤリ考えごとするかラジオ。TBSラジオ→文化放送→ニッポン放送→文化放送→中休み→ニッポン放送→TBSの順かな(平日ね)。刺激的な番組は。

2005年4月15日(金)
頭胃即妙(満腹中枢が刺激されると妙案が浮かぶ事。個人差あり)

南蔵院さん(豊島区高田)で一仕事おえてから、勝国寺さん(世田谷区世田谷)へ。5/21(土)に勝国寺さんで“お施餓鬼”、挨拶と打ち合わせでお邪魔しました。
一昨年から勝国寺さんでのお施餓鬼法要でのお話、法要中の説戒(法要の案内役、かな?)をやらせていただいております。身体の大きな柔らか思考のご住職が、大船(おおふなじゃないよん)に乗ったつもりで…なのかは分かりませんが。「今年もお任せします」と声をかけてくださるので、張り切るワケです。何を隠そう、この「お任せ」に弱い。というのも、ある程度の信頼なしに、こんなオソロシイこと頼めませんでしょう?にもかかわらずそういった言葉をかけてくれる。「そこまで私めを…」と舞い上がってしまうんですな。加えて「好きにやっていいよ」などと言われた日にゃ、「いつもより余計に喋っておりま〜す」とやりたくもなります(制限時間厳守なのでコレは×)。
夕飯をご馳走していただきました。食事をしながらの雑談三昧。こうした時間のほうが、情報が頭に入りやすい気が。生物である以上、栄養を摂取しているときは、狩猟や飢餓などの緊張状態から解放されるので脳細胞が活性化する、などといった人類共通のDNAがあるのかしら?
…「人による」のか。♪やっぱりね、そうだろね。
とりあえず5/21当日は、話の内容もさることながら何は無くとも“腹ごしらえ”。

2005年4月14日(木)
昼飯は蕎麦(車家)、夕食カレー(夢眠)

山伏が行なう御祈願作法の柴燈護摩。山伏装束に身を包み、太鼓や法螺貝を鳴らしつつ行なわれる屋外での護摩法要には、人目を引き付けて離さない力があります。それだけあって準備から何から、とにかく大掛かり。言い換えると“とても面倒”。それだけの甲斐はあるので文句はありませんが。
こんな面倒事…柴燈護摩をすることになったのも、旦那さんのご供養で西光寺へいらしたオバアチャンの一言がきっかけ。「ワタシは早くお迎えが来ないものかと思ってるんですよ。」。正直腹が立ちました。折角、頂いたこの命を捨てるってか?遺された人間ができる何よりの供養は、その人の分まで大切に生きるんじゃないんかい?ってね。
子供の頃に「もったいない」を教えてくれたバアサンの世代の方が、「早くお迎えに…」というのだから、余程のことがあったのだろうと思い、それとなく聞いてみた。細かには聞いてないけども旦那と駆け落ち同然で出てきたのだそうな。葬儀の席でゴタゴタがあったらしい。「こんなんなら死んでもいいや」と思えるほどの。
こういった気の毒な了見で暮らしている多くの人を元気付けるべく始めた柴燈護摩の勉強会も今年で4年目突入。前回の課外研修「チキチキ鎌倉めぐり」に続いて。
〜高幡不動〜
御前様のお言葉に甘えて、お寺の方に案内してもらいました。感激でした。いずれお檀家さんとお邪魔します。
〜塩船観音〜
つつじ祭りのチョイ前。とにかく環境がいいのです。
〜大悲願寺〜
山を背負った大寺。本堂は茅葺だったそう。とてもいい雰囲気。

2005年4月13日(水)
つける薬

こないだご詠歌の検定でお世話になった観音寺さん(川崎市生田)にお礼方々お邪魔して、護国寺(文京区音羽)にある宗務所へ。総本山の長谷寺(奈良県桜井市)での布教実施に必要な書類の提出手続き。それから東福寺さん(中野区江原)でご詠歌。
宗務所での用事をチャチャッと済ませる、高田馬場の近くにある「手打ち蕎麦 もり」で腹ごしらえをする、機嫌がいいところでご詠歌もバッチリ…という予定でした。上手いこといかないもんですね。宗務所にあるプリンタの規格が違って戸惑うやらプリンタの調子が悪いやら。食い気にはやって細かなミスが終わる頃にポツポツ見えてくるやら。なんだかんだで明日の朝食用に買っといたカヌレを2つパクつきました。これはこれで良かったけども。
ご詠歌の講習そのものはいつもどおり。精一杯やらせていただきました(内容の如何についてはわからんのよ。そんな余裕ないもの)。ただねぇ。でちまいましたから。例のアレが。身体の中のモンスターが。
それは突如現れました。ご詠歌の講習中、珍しくアレコレ説明をしているときのこと。身振り手振りを加えつつ、平穏に話を進めていたんです。
「わかりにくいので大袈裟にやりますね。鈴を廻す向きなんですけど、こっち側の鼻っつぁきの方へ回すと…ていうか“鼻っつぁき”て何だオレ」
 平成を生きる健やかな成人男子の日常会話には決して出ることのない「鼻っつぁき」。しかも一人ボケツッコミしてるし。あぁ恥ずかしい。
 でも、それなりに笑いがとれたからいいか。

2005年4月12日(火)
持ち越し

護国寺(文京区音羽)にある真言宗豊山派宗務所で勉強会でした。流山のプリンコさん、クールガイOさん、密蔵院住職を始め、知る人ぞ知る(知らない人は知らない)先生方と楽しい時間でした。終えて密蔵院さん(江戸川区鹿骨)で村上さんの会。先月は村上さんが体調を崩されたとかでお休み。幸い回復されたので今回はいつもどおり。楽しみでしねぇ、とりわけ。というのも“落語解禁”のお墨付きを頂くつもりでいたからなんですが。
1900の開催を前に、いち早くついた密蔵院さんの奥様お手製のカレーを美味しくいただきつつ、村上さんにそれとなくお伺いを立てる。
「…まだ、出てますでしょうか。噺家の口調は…」
「あぁ、酒井さんだから申しあげますけど、しばらく落語は聞かないほうが
いいです。」
「…はい。わかりました。」
 正直がっくり来ました。5/9の喬太郎独演会(於 にぎわい座)に行くつもりでいたのに〜。そんな様子を察したのか、“脱”噺家口調のヒントをくれました。
  「食事をしながらMさん(プリンコさんね)と笑いながら話しているとき  
  の喋りはいいです。というのも笑っている時には、大きく口が開いて、体 
  が動いているからです。口を大きく開けるように心がけてみては。」
 確かに。おかしくて笑っているときには「格好つけよう」とか「落ち着かなきゃ」なんて考えてる余裕なんかないもんね。
ちょいと意味合いが違うけど「笑う門には福来り」で参りまする。その先には“禁落語”解禁が待っている筈だからね。
 …そういや、ここ何年か続けて年賀状へ『笑門来福』と書いてら。
 もっとも今回ばかりは意味合いが違うからね、ちょっとね。

2005年4月11日(月)
ものは言い様

観音寺さん(川崎市生田)と光明院さん(川崎市登戸)のご詠歌検定でした。観音寺の奥さん先生が光明院さんもご指導なさってるので、二つの支部が和気藹々として和やかだこと。護国寺境内にある宗務所でも検定をしてはいるものの、「そこまで行くのも億劫だわい」というので。何年か前に検定委員でお邪魔したご縁で今回も。
前回は不遜にも「一番好きなお唱えをした方…」とお断りさせて頂いて、お名前を挙げさせていただいた。検定を前に忙しいなかをご詠歌にどれだけの時間を注いでくれたんだろうか、などと考えると「皆さんとてもお上手でした」じゃあねぇ。申し訳ないでしょうと。で名前を挙げさせて貰った。
埼玉のI先生にこのことを報告したところ、「やっちゃったのか」と。というのも、他所の支部では名指しで褒められた一部の人が、ご詠歌への気持ちが強すぎるあまり、先生を差し置いて注意をするようになっちゃった、なんて話があるから。
今回は同じ轍は踏みませんでした。頑張った方を讃えたい衝動を抑えるのは辛かった。講員さんともどもの打ち上げの席で講評を求められる。勿論、個人名は挙げませんでしたよ〜。でもね、「検定を終えてから控え室で「やっと終わったよ〜」と同じぐらいの声でお唱えされた方のご詠歌は聞いてて気持ちがいいですね〜」とは。
何人かはこっそりと会心の笑み。何人かはこっそりと照れ笑い、首をすくめてらした。
う〜ん、矢張り「取りようによっちゃ」なんだよねぇ。宿題にしときます。

2005年4月10日(日)
「痛い風吹けば桜舞い散る」(花見酒が続くと贅沢病に罹るの意)

南蔵院さんでの手伝いを中断して、巣鴨の高岩寺さんへ。とげぬき地蔵通り商店街であまりにも有名なこの界隈は“4”の付く日と休日は賑わうのだそうな。因みに今日は豊島区仏教会の『花祭り』でした。70名のお稚児とその家族、一般のお参りの方々、大勢さんでした。
帰りに「お土産だから」と言い訳して豆もちの塩大福Getです。まだ食べたことないんで気になってはいたんだよな〜。店先でバラ売りされてたものをパクつきたい衝動をググッと堪えて南蔵院さんへ戻る。お寺のお家の人たちにも喜んでもらえましたとさ、めでたしめでたし。
西光寺に戻ってから堪能しました。甘さ控えめで薄味なのね。お店によりけりだろうけども。美味しゅうございました。1個では物足りず「晩飯抜きにしときゃ問題なかろ…」でもう一つ。「…もう一丁いく〜?」と甘い囁きがきになったものの、栄養面が。煎り大豆とトマト1個を胃袋へ追加。一応気にしてはいるので、まだ足は痛くないっす。残りは明日の朝食っす。

2005年4月9日(土)
そうは言うものの

通勤で通る九段や江戸川橋なんかが花見ですごい。一面桜色の真綿で飾られたお堀、川面に映る桜並木の様子がいいこと。横浜や大山なんかの無数の光が瞬く夜景なんぞもいいけど、何かね、白々しくってね。クリスマスの時期になると突如として家中を賑やかに飾り付けるような。そんな家を「こんなにしちゃって…パチンコ屋じゃあるまいし」などと眺めてるとたまたま立ち寄った家の人が「子供が強請るもんだから…」などと言いつつ「ウチは隣より綺麗だよね?」とココロの声が響いてくるような。とにかく一所懸命咲いてたかと思いきや散り際がいいからね。けれどね、あえて言うけど葉桜が好きなんだよねぇ。清清しくって。ただし毛虫がつくまでの少しの時間ね。
 『咲いたサクラを喜ぶならば 咲かせた根っこの恩をしれ』というのがあったっけ。ホントにねぇ。呑気に「葉桜もいい」じゃないか。

2005年4月8日(金)
未知との遭遇

実家の極楽寺(横浜市緑区)でお釈迦さまのお誕生を祝う『花祭り』法要。本堂での法要を終えて余興。去年は柳家三太楼さんに来ていただいて、『動物園』、『寿限無』。その頃NHKの教育番組で『寿限無』を覚えたらしく姪っ子達も来たっけか。境内の池でザリガニ釣ってたみたいだったけど。今年はインド舞踊のシャクティさんが何曲か。初めて観たけど面白いものですね。眉毛と首のカクカクした動きはさることながら、柔らかい緊張が絶えず張り詰めた指先、力強く心地よい振動をもたらすステップ。踊りを終えたときに醸し出す、精力が吸い取られそうな静寂。生まれ育った馴染みの本堂が異空間になったような。詩人 日高てる氏との詩の朗読とコラボもコレマタ不思議。
今回は主に破壊と創造を司るシヴァ神に捧げる舞踊。ヒラヒラさせる両手でもってそれぞれ“破壊“と”創造“を表すのだそうだ。そのカタチがねワタシどものお作法の格好と似てるのよ。仏教はインド発祥なんだから不思議なことでもないか。
シヴァ神へ「何がしか捧げたい」という気持ちは分かる。けども『何で踊りなワケ?』疑問がどうしても。「言葉で伝わらない気持ちを何とか伝えんが為かな」で納得。

2005年4月7日(木)
話は具体的に

実家の極楽寺で催す『花祭り』の準備でした。本年3回目の花祭りっす。三回目ともなると、ヘンにうれしいですね。「ここにも仏教は息づいているんだ!」なんて。
夜は横浜にぎわい座。そそくさと身支度を整えているところへ母が「禁落語してるんでしょ」と。「今日は落語じゃないから。モノマネとギター侍だからいい問題なしっしょ」ワケのわからない返答。当惑してたね、さすがに。「…あらそう。良かったわね」だって。ちなみに『春爛漫!爆笑!アキカン祭り!』(サブングル、ダンディ坂野、波多陽区、清水アキラ、栗田貫一)。 
ダンディにはやられました。初めて松本ヒロさんのパントマイムを観たときのように泣いてしまいました。笑い過ぎで。ここんとこテレビで観ないけども、個人的にはギター侍よりも面白かった。
清水アキラさんの喉の調子が悪いようで、つなぎのコントが急ごしらえのようで苦しいこと。ご贔屓も来てたし恒例の催しのようだから、「今回は特別…」なんでしょう。
コントの中で矢鱈に固有名詞を台詞に使う箇所あり。清水アキラさんが以前住んでいたあたりの「海老名」とか「本厚木」とか「16号沿いのジャスコ…今は潰れてるけど」だとか。お客さんの中にはこれらの言葉に笑うかたも。「いつも混んでるあそこね」で共感できるんでしょう。「話は具体的に」との村上さんの言う通りでした。
西光寺にもどってシャワー。1センチぐらいになった花王の白い石鹸を先ずは左腕、右腕…と擦り付ける。こいつを洗い落としてザッと汗を流した後に垢摺りで石鹸を削ってから、全身の洗浄〜(ちなみに最後は右足の裏)。いつもはボディシャンプーのビオレを使ってるんだけど、石鹸も溜まってるので。こうでもしないとねぇ。

2005年4月6日(水)
ハダカの大将

常楽院さん(板橋区前野町)でのご詠歌。前回から13001700までやらせて貰ってます。やってて思うけど我ながら話し多過ぎ。これだけペラペラ喋っていると近い将来“オバチャン野郎”などと陰で言われそうな気が。それも良しか。外れちゃいないし。
ソフトバンクの北尾さんが言ってたっけ「情報が漏れると物事は成就しにくい」(こんな趣旨か)と。男たるもの何時でも深謀遠慮、『沈黙は金』で黙っているほうがいいのかもねぇ。でもねぇ、「無口なヤツはバカ」という村上さんの考え方に魅力を感じるんだよね。勿論「無口…」は「喋れないのはバカの証拠」という意味じゃない。あえて黙っているヤツ、「思っていることを口に出しちゃ角がたつ」とか「心のうちを悟られるのは損だ」なんて了見でいるヤツに対して。自身が内情を吐露しないまま他人さまと親密なお付き合いが出来ると思いなさんな、で「無口なやつはバカ」。そんなにつまらない人生送ってどうすんだってね。
「そこまで言うんだったら、アナタはどんな話をしてるんだ?」とお叱りを受けても致し方ありません。けどね、言えないんですよ。問題が有り過ぎて。
気になる方は、ご詠歌のお仲間になってくれたら、アンナことやコンナことをお話できますけど。

2005年4月5日(火)
浜崎あゆみのモノマネで、「お父さんを返せ」byしずちゃん

 南蔵院さん(豊島区高田)に毎週手伝いに上がっているご縁で、恒例の豊島区仏教会花祭り。『写経会 昼の部』と重なったので、こちらはアニキにお願いして。一年ぶりにお会いする他所の宗派のお坊さん方。彼是7年のお付き合いになるかなぁ。ちなみに場所はサンシャインの噴水広場ね。灌佛(甘茶をお釈迦さんにかける儀式込み)法要を終え次第、余興。
今年は太神楽とマジック&イリュージョン。太神楽の方の芸名は度忘れしちゃったけど、マジックは『瞳ナナ&魔女軍団』(山上兄弟の親御さんの弟子なのかな)。ちゃんと観ましたよ〜後ろから。どうなってるか気になるもので。全然分かりませんでした。瞳さんは去年に引き続いてのご出演。去年ステージで「CDだしました」と。今年もおやりになりました、お待ちかね「♪トキメキ止〜めて〜」なんて歌いながらのマジック。見事な手捌きでした。歌?「ノーコメント」とさせて頂きます。
 昼休みにチャリンコFさんと、お寺が出すお手紙について意見交換。西光寺では催しのお知らせと合わせてなので、年に5回が基本。Fさんは毎月出しているのだそうな。その苦労話には涙と笑い!?が誘われます。話を聴いててつくづく思ったけど、ホントに良かった。毎月やらなくて。ネタ捜しに骨折ってるようだっだし。苦しんでないぶん進歩もない。こちらがグータラしている間に、Fさんは沢山の言葉を持ってらっしゃいましたとさ。
 世の中は絶えず動いています。そうボンヤリしてもいられませんな。

2005年4月4日(月)
太りすぎたタマ○ッチ

 護国寺(文京区)さんの境内にある真言宗豊山派宗務所へいってきました。新年度を迎えて布教活動に励む先輩方の仲間に入れて貰うため の事務手続きといったところ。面子は密蔵院住職、プリンコさん、松戸クールOさんなど、日頃お世話になっている方ばかり。グータラしてるシナプス連も刺激を受けて、ちっとは働いてくれると。
 自国の利益が絡むから妥協することもないであろう中国、韓国との領土問題。晩婚、少子化による国家存亡の危機。それを助長するように社会不安を煽る磨耗した世の中の仕組み…。これに使ってる脳ミソをいくらか分けるようだろな。いうほど持ち合わせちゃいないか。
 実家に戻ると久々に姪っ子達。姉妹揃って、タ○ゴッチを首から下げてる。時間があればピコピコしてる。画面を見つめるキラキラした眼差し。まとわりついてきた様子を思い出し、「成長したなあ」感慨にふける。
 ふと「ゲームをやると目が死んでしまう、孫にはやるなといってます」(こんな趣旨だったような)村上さんの警鐘をふと思い出す。このキラキラした眼が、精気を無くしてしまうのは哀しい。そこで「おせんべい食べる?美味しいよ〜」と。目の前で殊更旨そうに食べてみせる。画面からチラッと目を離し、愛嬌たっぷりに首を傾げて曰く、「ウ〜ン…美味しい?」。
 ゲームにのみ問題があるんじゃないのね。とどのつまり。

2005年4月3日(日)
♪それが〜一番大事〜

緑区・青葉区仏教会の催しでの花祭りでした。観護寺さん(緑区小山町)が会場。実家の極楽寺、お隣の東福寺さん(青葉区市ヶ尾)のご詠歌のオネエサマ方を合わせた48名で、お釈迦さまの誕生を祝う催しに彩りを添えさせていただきました。(この模様は“ご詠歌どう”で)
 極楽寺から観護寺さんへは、田んぼの中を歩いて15分。高い建物が無いから尚更なんだけど、ご本堂の屋根は見えているのに中々辿りつかない。しかも集合時間が刻一刻と迫る、そんな最中。「悟り」というのもこんな感じなんかなぁ、と。
 弘法大師が残された書物には「悟り」への道筋が示されているわけで、そこを辿って行きさえすれば、目標地点へ間違いなくいける筈。「生身の人間じゃムリだっ」とはいっても、弘法大師ご自身が私たちと同じ人間なんだから、モデルさんもいらっしゃる。さぁ、残すところは弘法大師のような心がけを身に付けるだけ!!って、そこが肝心なんだよね。

2005年4月2日(土)
そりゃビックリするわな

ご詠歌でお世話になっている常楽院さん(板橋区前野町)で、花祭りの催し。本堂で声明と雅楽のコンサート、お寺の駐車場一面にブルーシートを引いてのお花見が恒例。
今年は“板橋区仏教会の”花祭りということで様子が違っていました。裃をつけたお爺様方、お稚児さんが50人(親御さんもいらっしゃる)、地元のボーイスカウト、リトルリーグの子供たち、お寺の半天を来た青年団。何とも賑やかでしたな。にしても、お隣のスーパー イズミヤ店内を行列するとは…。考えもしませんでした。洋服売り場でのご詠歌も乙なもの。
お寺で「出来ること」の新機軸を次々実現なさるご住職、それを支える大勢の老若男女、お寺の姿。手荷物にはならないお土産を沢山頂きました。もちろん手で持つお土産も頂きました。

2005年4月1日(金)
男同士

映画の日になので“ドカ〜ン”“バキューン”のない内容重視の映画をと、『オペラ座の怪人』を選択。とにかく「豪華」でした。劇中の舞台や衣装、ファントムの隠れ家からヒロイン所縁の墓地まで。それぞれの雰囲気を壊さない範囲で色合いを変えているものの、華やか。どうせ作りもんなのだから、映画はこうでなくっちゃ。
 お昼ごろ携帯へメール。アルファ増田から。「結婚しました。10月にはパパになります」と。「いくら長年の付き合いとはいえメールで報告!?」…待てよと。やりかねない、アイツなら。そこで
 「奇遇だなぁ、コチラも結婚することになりました、マ○シアと。」と返信。
 夕方になって返信来ました。
 「奇遇だなぁ、名前まで似てるとは。ウチはマラ○アよ」だって。
 …どうですか、こんな32歳。