波照間日記

2000/07/02

石垣島からさらに高速艇で1時間、外洋の荒波を耐えると到着する素晴らしい島。島民わずか
に600名のこの島は、ご存知のとおり日本最南端の有人島です。2000年の7月に初めて訪
れました。関東に転居してからなかなか最適の撮影地が見つからず、思い切って行ってきまし
た。
この島の名前が脳裏に浮かんでから、出発までわずか1週間。航空機の予約、民宿の確保、
ネットのありがたみをこれほど感じたことはありません。

機材も携帯性を確保するため、赤道儀はタカハシP2−Sに三脚はGITZOの4型を改造して取
り付けました。カメラは自作の67円形写野カメラに光映舎の4x5、レンズはPENTAX 105mm/
2.4、TAMRON180mm/2.5、ロシア製16mm/2.8これらに6cmのコンパクトなガイド鏡のフル装
備です。これらのセットでも機内持込可能なサイズのスーツケースとカメラバックに十分梱包す
ることができました。

仕事の合間とマイレージを利用したので、波照間滞在はわずか2日しかありません。天気との
勝負でしたが、昼間は快晴、夜は雷雲の襲来と星の撮影には十分ではありませんでした。天
体のカットはわずか4枚。それでも行った甲斐が十分ありました。

1日目は12時過ぎに雷雨が迫ってきたのでリタイア。民宿までは歩いて4kmほど。重い機材
を引きずって、さとうきび畑の中の道をとぼとぼ。途中でヘッドランプが切れて本当に怖かっ
た。しかし、前方からヘッドライト。民宿の人が探しにきてくれました。多謝。

翌日は、民宿の車をレンタル。思い切って撮影をと目論んだのですが、やはり雷雲襲来。でも
なんとか撮影は可能でした。撮影場所は有名な星空観測タワーのそば。予め管理人の新城さ
んに許可を得ておきました。また、波照間にまつわる話も色々と聞くことができ感激です。。こ
こで見る天の川は本当
に素晴らしい。影が海面に映るのが想像できますか。また、さそりも巨大に感じます。オースト
ラリアと違って、40度程度の視線方向にあるのでそう思うのでしょうか

          


 2002/07/05

 今回の波照間上陸、計画がスタートしたのは昨年の夏頃であった。天星人語の表紙にも掲載
したさそり座の円形写真、多分これが引き金となって当会会員OG君に第1次波照間感染を生
じさせた。来年(即ち今年)の7月にはマイレージの無料航空券を使って何が何でも波照間征
服を意気込むOG君。それから情報交換、機材整備に注力し、さらに最も重要な家族(奥さん)
の説得を順調(?)に行っていざ鎌倉、否、波照間、のハズであった。

 出発二ヶ月前

この頃より少しずつ予定が狂いだす。何かの意志がはたらいているような。当初、7月の第2週
をターゲットに設定していた。月出、薄明より考慮した撮影可能時間、梅雨明け後の安定期な
どなど。OG君の周到な計画性(私はルーズ)。ところが、この週が航空会社の早割指定期間
と重なり、2ヶ月前の予約ができない(無料航空券の枠がない)。また、OG君の家庭の事情も
考慮して1週間前倒しの7月4日を出発日とした。

出発当日近傍

しかし、運命の厄病神がこの期を逃すわけがない。いったい誰に憑いているのか。時期はずれ
の台風、5号、6号を相次いで発生させ、沖縄、先島諸島へと向かわせたのである。ここでまた
不運の二重奏、当初4日出発を予定するも、又々家庭の都合(法事)でOG君日程を1日早めざ
るを得ず、前日の3日へ出発を変更。この機会を誰かに憑依している疫病神は見逃さなかっ
た。先発隊の第5号をピンポイントで沖縄、宮古地方に進める。トマホーク並の精度で見事直
撃! 案の定、当日は全便欠航。OG君伊丹より無念のUターン。しかし幸運にもゲットできた4
日の便に期待を残し、再び伊丹に現れた同君、ここで大きな選択を余儀なくされた。搭乗予定
便が条件便で福岡に着陸する可能性があるとのこと。このアナウンス(と誰か)に恐れを抱い
た彼は、結局全ての日程をキャンセルしてしまった。その便が予定通り那覇に着陸し、石垣ま
での乗り継ぎもうまくいったことはいうまでもない。斯く言う私は、今までの経験とANAのスーパ
ーフライヤーズの特権を最大限に生かして、より確実な5日出発に変更していたのであった。
かくして予期せぬ一人旅となった今回の波照間、8月より開催する個展用の残りの写真を一網
打尽と意気込む、、、が、そうは問屋は卸さない。

オジサンは大海に挑む

7月5日、当日中に波照間に到着するためには石垣15時30分発の高速船あんえい丸に乗船し
なければならない。この日は台風の余波で那覇到着便、石垣到着便のいずれも遅れが生じて
いる。那覇でなんとか乗り継いだ石垣便は出発が30分遅れ、到着が15時10分とのこと。結局
ランディングは15時15分、ターミナルまで30mくらいしかないのにバスで移動。タクシーに滑り
込んだのが、15時20分。兎に角離島桟橋へ急ぐ。女性ドライバーで鈍かったが、10分で港
へ。船は出ようしている。思わず、切符売り場に飛び込み、オネーサンに船まで行って出航を
待ってもらう。ここは東京、大阪と違い緩やかな時の流れを刻む土地柄、実に鷹揚。最後の船
客として乗船。ほっと一息。しかっし、全ての運をここで使い果たしたことを出航後数分のうちに
思い知らされることとなるのである。

波照間海路は黒島を越えるあたりから交通の難所として知られたところ。昔は島伝いに2週間
もかかって渡ったという海流が複雑に混じりあう場所である。そこに台風一過、少々予測はし
ていたが、この日は半端じゃない。数分で船は大波に翻弄されはじめ、問題の海域からは山
のような黒いかたまりが不規則に襲ってくる。女性の絶叫、常時ジェットコースター状態。特に
関西系の女性が凄い。1時間叫びぱなしであった。タスケテ、シヌ、カエリタイ、最後はオロシ
テ(コロシテだったかな)。他の地域からの女性達は20分ぐらいで声もでなくなりぐったり状態。
関西オバサン、ひとり絶叫マシン。やはり関西はツオイ。途中何度も何度も腰が宙に浮き、鋭
角的に椅子に叩きつけられる。おかげで耳だけではなく腰と支えた腕と内股の筋が痛い。黒い
大波が襲っている情景は深層心理に深く刷り込まれ、きっと夢になって出てくるのだろうな。恐
怖の遊園地状態を何とか耐えて、船は30分遅れで港に到着。転がるように出る。地べたに座
り込む人多し。迎えに来た民宿照島荘のヘルパー千歳サン(この娘も関西人)の笑顔に助けら
れる。

陸に上がったオジサンは、

実はこの週に台湾への出張が入る可能性があったのだ。当然断固拒否。台湾よりほんの
100kmほど東の小島でのんびり過ごすことを当然優先させた。島の西端よりさらに水平方向を
凝視し、申し訳ない。なんて、思うハズがない。正当な休みなのだ。さらに個展用の作品という
至上命題があるのだ。台湾のことなんて考えることはないのだ。でも良く見ると見えてこないか
な。こっちの水はおいしいよ。

初日の夜は新しい撮影ポイントへ行ってみた。島の南西端に新しく復元された見張り台(コート
盛という)へ。円錐系をしていて上部が平坦で半径10mほどの円形となっている。高さは10mぐ
らいか。360度全く遮るものがない。東〜西へ180度、水平線が見渡せる。これほど全周魚
眼、貫く銀河を撮影するに適した場所はない。OG君いかにも残念。次回に期待を繋ごう。私は
高所恐怖症なので、駐車場を兼ねる下の広場へ。ここはアスファルトが轢かれ機材設置に適
す。大の字になって寝そべり全天を見渡せば、一面の星、プラネタリウム状態。アスファルトか
らの蓄熱の放散が心地よい。聞こえるのは波音のみ。宇宙の雄大さを実感する。写真なんて
どうでも良いという雰囲気になってしまう。でも今回どうしても撮りたいモチーフがあるのだ。湧
き上がる銀河(敢えて銀河と書く)と迫り来る雷雲と稲光。どうしても撮りたいのだ。そのために
PENTA67に35mmの魚眼を準備してきたのだ。で結果は、期待通りの状況になってきた。気流
がまだ不安定のため、次から次へと雷雲が来るのだ。そのたびにスコール。3回も機材の出し
入れをしてしまった。何とか1枚ゲットできたと思う。ただ魚眼なので、閃光が小さすぎるかもし
れない。また露出もぎりぎり20分しかかけられなかったのでアンダーだろうな。このテーマはま
た次回に持ち越しか。

2日目は、

一転して大雨、西の与那国島では1時間当たり70mmの豪雨らしい。こちらもかなりの雨量だ。
おかげで1日中民宿でのんびりできた。この日TVでハワイのすばる望遠鏡の特集をやってい
た。リアルタイムに見せるM51など素晴らしい。さすが、8mの集光力だ。また暗視カメラで捉え
たマウナケアの星空。これもすごい。でもここ波照間では負けないくらいの光のシャワーを浴び
ることができるのだ。というわけで9時半に就寝、翌日に賭ける。


3日目は七夕で、

朝から快晴。早朝より海へ向かう。最初は最南端の碑のある高那崎方面へ。観光客はだれも
いない。波頭は立っているが、湿度の低い風が心地よい。最先端の断崖へ行ってみる。雄雄
しく砕けた波に吸い込まれそうになる。怖い。しかしファインダーを通すと1歩も2歩も前に出て
いる自分に気づく。空も青い。偏光フィルターなど無用だ。あまり覗きこんでいるとOG君の怨念
にやられそうなので、海抜0mのベムチ浜へ向かう。ここは遠浅で干潮時にはサンゴの上を歩
いて沖に行ける。丁度潮が引き始めておりタイドプールに取り残された熱帯魚がきれい。ヤドカ
リを狙ってカラスが飛来。また二匹のアカトンボにはや秋を感じる。雲のない空、太陽はほぼ真
上より照らす。北緯24度、北回帰線に近いのだ。心地よい潮風とエメラルドグリーンの海、紺
碧の空、ここで個展の作品について何度も考える。今回のタイトルは「光回廊 Trail of light」、
大宇宙よりヒト世界まで光をモチーフにかなり欲張った構成になってしまった。今まで撮り貯め
た作品に今回のを合わせると完結なのであるが、今晩が勝負。今日は七夕、織姫、彦星が渡
るのも躊躇するくらいの濃い天の川が現れるのを期待す。

で、その晩。期待は叶った。たった2時間だけであったが、あの関西系絶叫オバサンも悶絶す
るくらいの星空。海に映る銀河、幾重にも分岐する暗黒帯。水平線上ぽっかり浮かぶα、βケ
ンタウリなどなど。写真に撮るのが躊躇される空。フィルムより網膜に焼き付けた。でも肝心の
写真は---、一日一善、いや一枚。これこそ波照間の真骨頂。のんびり、ゆったり、焦らず、慌
てず。島の流れに身を委ねる。これが一番の収穫だったかもしれない。


  沖縄発羽田行きANA90便の機内にて   


と、格好良くこの紀行文を終わろうとしたら、間一髪飛び込んだ空港バスの座席の横に会社の
人間、それも二人。いきなり現実に引き戻されてしまった。疫病神は私に憑いていたのか?そ
れに台風6号まで連れてきて---ホンマニ。

           

2002/10/05

今回は、長女が同行。不安がっていた石垣からの航路は、予想外に凪いでおり、拍子抜けだ
った様子。定宿の照島荘は、改築のため泊まれず、けだもと荘に投宿。けだもとのおばさん
は、ヘルパーさんもつけずに一人でこの民宿を切り盛りしている。なかなか活発で、娘は色々
と躾をされる、、、襖の開け閉めなど。彼女が19歳ということが分かると、お酒は飲ませてくれ
ない。せっかく泡波があったのだが。
肝心の空は、やはり秋の空、高い!いつも行くベムチ浜では、サンゴのタイドプールにカラフル
な熱帯魚。飽きることなく見ていた。夜は良く晴れてはいるが、千切れ雲が多くなり、写真撮影
には不向きであった。南中をすこし過ぎた天の川が180度にわたり完璧に見える。銀河系を実
感する。流星も良く飛んでいる。明け方近くには冬の輝星が勢ぞろい。特にカノープス。シリウ
スとその明るさを競っている。明るい。見事に明滅している。オレンジからブルーに変化。木星
/シリウス/カノープスで大二等辺三角形を形作る。薄明とともにリゲル、ベテルギウスが消え
て行く中、カノープスは健在。6時20分まで見えていた。

2003/06/28

通常1時間のところを、30分も超過して波照間に到着。大揺れの船旅であった。今回の目的
は、Fujiの新フィルム3種の試写。発売前に手に入れた。照島荘はにぎやかな団体で一杯。大
阪からのメンバーでアクア専門。とても楽しい人たちであった。波照間には川がないため、海
の砂がとても美しいとのこと、納得。また、ここをおばーとともに切り盛りしているヘルパーの小
平さんが結婚とのこと。相手はこちらの中学校の先生、三線がとても上手い。
フィルムの試写であるが、Astiaの発色がもっとも好ましいものであった。空も安定していたた
め、シノゴで快適に10枚撮影できた。ただ、昼間に遊びすぎたために真っ黒に焼けた腕が、ダ
ークバックでフィルムを交換するたびに痛かった。

2004/07/14

今回の波照間行は気流の状態が安定せず、全く夜の撮影を行うことができなかった。撮影の
途中で降雨、間一髪で退避することができ、機材を濡らさずにすんだものの、成果はなかっ
た。しかし、照島荘では、有名な後冨底周二さんの三線ライブで盛り上がった。ここのよいとこ
ろは、民宿の人たちとすぐに打ち解けて旧知の仲のように話すことが出来ること。民宿といって
も普通の民家でそれぞれの部屋が独立していないで、単に障子1枚で隔てられているだけな
ので、すぐに仲良くなれるのだろう。周二さんはすでに3枚目のCDを出されているようで、全国
のライブも精力的にこなしている。私より若かったので、ちょっとびっくりであった。

2005/07/06

照島荘の新ヘルパー、えりこさんの出迎えを受ける。送迎用のワンボックスが新しくなってお
り、とても快適。中古らしいがどうも北の国から来たらしく、なんとスタットレスを履いている。沖
縄全土でみてもこの地域でスタットレス装着の車はこれだけだろう。貴重(?)な経験。今回は
3泊することができるので、色々と欲張った機材構成とした。P2架台を改造し、4X5と6x7を2連
装とした。撮影地までは、今回は自転車で行くことなり、これだけの装備で漕ぐのはかなり体
力勝負であった。年々目も悪くなってきており、特に機材調整やフィルム装填などの作業が困
難になってきている。肝心の空であるが、晴れてはいる、しかし、なにか変だ。天の川がなん
だか薄いような気がする。水蒸気が多いのであろうか。実際上がったポジをみても濃度があが
っていない。何年も来ているがベストと思われる空には会っていないような気がする(夜の
空)。昼は打って変わって素晴らしい空に巡り会うことができた。遠浅になったニシ浜、いつも
の撮影ポイントまで歩いていける。ここではどうしても撮りたいモチーフがあり、案の定、アジサ
シが警戒行動を開始し、乱舞を始める。サンゴの岩に彼らが営巣しているのは以前から分かっ
ており、何としてでも撮りたいと思っていたが、今回は遠浅のおかげで可能となった。また、行
く度に形が変っているサンゴの岩も今年は特に侵食がひどく、今にも崩れそうになっている。来
年は大きくその形を変えていることだろう。

 

2006/06/23

波照間紀行(2006.6.23-27)

1. 目玉は空撮

 今回の波照間行きの目玉は、小型機からの空撮であった。石垣〜波照間間は9人乗りのBN
-2B機( 通称アイランダー)が就航しており、島伝いに低高度を200km/hぐらいの巡航速度で飛
行することから、良い席が確保できればコーラルシー、珊瑚礁に囲まれた島々を撮影するのに
最適なのである。激戦区かと思われたが、すんなりと予約ができ、また天候も梅雨明け十日
で快晴が期待できるため、万全の準備で臨んだ。石垣空港でのチェックイン時に、以前から疑
問に思っていた9席(奇数)の秘密が明らかになった。なぜ偶数ではないのか?行きの便で指
定された座席が1B、すなわち副操縦席であり、1Aは操縦席なのである。だから座席数が奇
数なのですね。納得。しかし、どの席に座るかは搭乗直前まで不明で、全ての客の「体重測
定」が完了し左右の体重バランスが調整された後に最終的な座席が決定するのである。当初
2B席ということであったが、直前に1Bに変更され、首尾よく副操縦士席をゲット。パイロットか
らは、絶対に操縦桿やペダルに触れないように指示されるも、手にはちゃんとデジ一眼を握り
締め、空撮のスタンバイが完了。プロペラ等に邪魔されることなく撮影が可能であった。また、
帰り便ではパイロットの後ろの2A席であったが、空いている副操縦士席(1B)に手を延ばし、
快適にシャッターを切ることができた。
ノーファインダーでの撮影であったが、ハテルマブルーの海、珊瑚礁、点在する島々(黒島、竹
富島など)もイメージとおり捉えることができ、収穫は大きかった。満足。
 
 
 

2. 最長滞在記録?

 といっても、たったの4泊5日。でも私にとっての最長記録なのです。なかなか連続して休み
がとれず、これがほぼ限界か? 新月に近い時期で梅雨明け直後のこの時期に、これだけの
休みと航空券が確保できたのは本当に幸運であった。しかもこの5日間(正味4日?)は完璧
な晴れ、特に初日の空は秋空のごとく澄んでおり、定宿の照島荘の宿泊客を対象とした「星空
教室」でも全員が南十字(α星も含めて)を肉眼で確認でき、また暗黒帯の入り乱れる大銀河
を目の当たりにした時の感嘆の声を聞き、本当にこの島に帰ってきて良かったと再認識したの
です。昼の部はいつもの定点観測(?)。例のサンゴの奇岩のその後とアジサシの観察。やは
りというか、残念なことに大きく張り出していた庇の部分が落下しており、大きくその姿を変え
ていた。また、営巣しているアジサシもその数が昨年に比べ減っており、心配である。変わら
ないのは、ハテルマブルーの海の色、美しい砂浜、生息する小生物。それに緩やかに流れる
時の移ろい。強烈な直射日光を天頂から浴びながら、一歩一歩粒の揃った砂を踏みしめて歩
く充足感。やはり、これが「波照間」なのである。

 
 

3. 不思議な出来事

その1:あれ、ひとり多い、、、

 星空教室を行った1日目の夜。照島荘から歩いて10分程度のいつもの観測地にヘルパーの
星さん(本名です)も含め、民宿客全員で向かう。民家の光の影響のないさとうきび畑まで来
て薄明も終わる頃、星達が強烈に輝きを増しケンタウルスから白鳥までの幾重にも入り乱れ
た雄大な天の川が横たわり、全員が感動の声を上げていた。それから、種々の星座の説明、
また皆が持参していたデジカメでの固定撮影を行った。でもどうも数が多いのである。私を入れ
て6人のはずがどう数えても7人いるんです。
正直背筋がぞっとしました。で、その人がこちらに近づいてきて、、、このデジカメで撮って下さ
い!って声をかけるんです。やった人間だ。でもどうしてここにいるの?  後で聞いたら、参加
者の一人が事前に誘っていた方で、他の民宿の人でした、、、最初に言っておいてよ。

その2:失くした物が突然、、、

 これも星空教室での話し。2回目は場所を変えて「ニューコート盛」へ星さん運転の車で向か
う。以前にも書いたように、ここは360°遮蔽物がなく全天をプラネタリウムの如くみわたすこと
ができる。円錐の上部が平らになったような構造物(古い見張り台を再現したもの)で地上高
10mぐらいのところで全員が観望できる場所なのです。ひととおり説明を終わり、皆さんの感動
の嵐が続く中、ちょっと腰を下ろし上半身を手で支えて天頂付近を見ていた時のこと、その手
に触れる何かが、、、それはここ2日ほど行方不明になっていた、カメラ用のブロアーなので
す。波照間では海岸で撮影することが多く、砂をこまめに吹き飛ばさなくてはカメラやレンズに
キズがつくことがあり、このブロアーというのは必需品なのです。それが、なぜか紛失して少し
滅入って(ちょっと大袈裟)いたので、突然吸い付くように手に触ったのには、本当に驚愕しま
した。些細な出来事だけど、私には超感動! 多分昼にここに来た時に落としていたのでしょ
うね。それともハテルマ名物のカラスが運んできたのでしょうか。

 


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