日 記 ど う ?



平成16年の日記どう   9・10月   11月   12月

平成17年の日記どう    1月 2月 3月 4月 5月 6月 7月 8月 9月 10月 11月 12月

平成18年の日記どう    1月 2月 3月 4月 5月 6月 7月 8月 9月 10月〜12月

平成19年の日記どう   1月〜5月 6月〜12月 

平成20年の日記どう   1月〜12月

2009年8月9日(日)
「吽(うん)」は、お終いを意味する音だとか
…それにつけても浮き沈みの幅が大きい業界なんですねぇ。
何はともあれ、ここ最近の報道には辟易していましたので、伝えるべきことをしっかり伝えていただきたいものと。


5日に
『ウエストサイドストーリー』を澁谷の文化村で観てきました。
初めて観たもんで、いきなり歌いだす不自然さもあまり気にならず、ワリと楽しめました。

一方でこのお芝居の内容は、初演当時(30〜40年前ですかネ)はどんな衝撃を持って迎えられたのか?なんてことを鑑賞しながらも想像していました。

「町の不良が縄張り争いをした挙句に死傷者をだす」
「暴力で問題解決をはかる不良は怖い!」
こんなことだけがクローズアップされて、子供にみせるのはよそうと判断した親御さんもでたんだろうか、などと考えたわけです。

もちろん切ない愛憎劇に多くの方が魅了されたであろうことを踏まえての話ですけど。


身の回りに氾濫する情報の中には、この物語以上に殺伐として荒んだものが少なくありません。
だからでしょうか、主人公をふくめ3人が殺害され、しかもヒロインの思いは遂げられない、なんて幕引きなのに「良かったね」なんて。

どんなもんでしょう、このバランス感覚は。


もっとも、作り話ですから、こんなことをクドクド捏ねくりまわす感覚もどうかしてますけど。

2009年7月10日(金)
M院の“M”に、別の意味はありませんので


お世話になっているコチラで、ご詠歌(仏教讃歌)の勉強会でした。

勉強会といっても其の内容は、すでに講師として活動している面々で相互の歌い方をチェック。参加者が代わる代わる一人で歌うさまを、歌わない人間は間違い探しをしながら聴く、という。
仲間内とはいえ他人同士ですから、奥歯に物の挟まった、ぬるま湯なアドバイスがポツポツ出る程度……かと思いきや、スキルアップを目指す同志ですので、遠慮無用な指摘がバカスカ(そこは皆さんお坊さんですので、いたって穏やかです)。

勉強会とは名ばかりのアラ探しの会。参加していない方は「良く好き好んで嫌な思いをしに行くネ」などと仰います。
ですがね、「叱ってもらえるうちが花」なんて言葉もありますし。

月に一度の此の勉強会の帰り道は、大きな緊張を味わったうえに、「俺なんかは、まだまだ未熟」なんてことを思い知らされるんです。
こんなマイナスな気持ちばっかが事実上のお土産なんですがね、不思議なことに「よしっ勉強するぞ!!」へ昇華するんですよねェ。


2009年6月29日(月)
老境

昨晩、池袋で行われる寄合に向かう、地下鉄南北線の車中でのことです。

日曜の夕方、しかも雨降り。いろんな要件もあったでしょうが、比較的空いておりました。
扉が閉まる電子音の合図とともに乗り込んできたカップル。

目を奪われるような容姿ではなかったのですが、有楽町線に乗り換える飯田橋駅までの間、「見てはいけない」「だけども気になる〜」そんな葛藤と戦わざるを得ないほどの仲の良い様子を繰り広げていました。

「誰にも触れさせないゾ!」とばかり、彼女を守るかのように長椅子の端へ促す彼。そんな優しさに心打たれて彼女は……「家でやってこいよ」と言いたくなるような二人。

有楽町線に揺られながら思ったわけです。
あの二人に訪れるであろう、望まない別れ。
それが来るとしても、なるべく遅れてくるように、なんて。

カミサンに話したところ
「おじいさんじゃないんだから」
……確かに。

2009年6月19日(金)
いよいよ

明日、仲間内のお寺で大きなお授けの法要が執り行われます。
場所は護国寺(文京区音羽)。

チベットとの関わりや、先日のインドにおける仏教復興運動のイベントをしたりと、要チェックな護国寺。
その姿勢は、懐が大きく、どんなことでも許してくれそうな慈悲深さが境内中に溢れていて素敵です。
それにつけても、誰が言ったか「躍動する名刹」。その仲間内というだけで、こちらまで晴れがましい心持ちなります。

今日は、法要に参列する方(300人超!?)を迎え入れるための最終準備。お寺の本堂も宗務庁舎の講堂も特別仕様で、気分が盛り上がるのなんの。

今日の日を迎えるまで、6/14から寸暇を惜しまず準備をしてくれたのは、心優しき青年僧侶。ただし、ワタシとカミサンを除きますが。

……ワタシらはですね、6/12から6/16まで佐渡。一昨日はJ院でのご詠歌〜M院での勉強会。昨日は、ココで声明ライブ、と。

佐渡の滞在期間は、竹伐採をひたすら。
←丸く空いた所が今回の成果ですが、他のところはというと…

←道は険しいのデス

2009年6月12日(金)
モデルな一日

毎年この時分には、我が真言宗豊山派の礎を築いたお坊さんの御生誕にちなみ、ご詠歌の大会があります。
 ←受付   ←講習会

10:00開会、11:50頃からお唱え開始。今日は、13:00からM院(港区三田)の写経会のため早退しました。

←こんな感じです

16:00過ぎに、遅い昼食(早い夕食)をかっこんで、18:00からのお坊さん向け勉強会。
真言宗の多くの寺院で行われるお護摩の作法について、きめ細かい講習会を同じくM院で20:30過ぎまで。
21:00頃に、受講をしてくれた仲間と遅い夕食(アタシには早い夜食)。
22:00前に一先ずお別れしてから、二次会を喫茶店で23:00過ぎまで。

それぞれで、脳みその違うトコロを使ったみたい。心地よい疲れを覚えちゃいるんですが、全然眠くない。カミサンとこのハナシで、かかと頭をもうひと押し。


2009年5月31日(日)
気がつけば

西光寺の護摩法要でした。
手作りでのお接待の全てを担っている婦人部の負担を軽くすべく、
昼間の開催にしてから二年目。だんだん馴染んできたような。

もともと西光寺の護摩は、お勤めをしているお檀家さんもお参りできるようにと19:00開催。
だからか夜の落ち着いた空気が好きだったんですが、昼は明るいなりにいいことがありますね。

まず、婦人部のみなさんを早く解放できる。そのうえ、お檀家さん以外の方もお参りしやすいようです。
加えて滞りがちな更新もできるし。

平成21年も折り返し。
片意地張らずに、じっくり楽しく、身の丈でやりたいものです。

2009年5月17日(日)
草野球

久々に中学・高校と草野球へ情熱を燃やしていた時期を思いだしました。

ふじみ野にある霊園へ墓地を構えたお家の御供養で、お参りに行った帰り道。
お斎のお膳を頂いて席を立ったタイミングが、霊園さんが出す無料シャトルバスの時間と折り合わずマゴマゴしていたところ、それを見かねたお施主さん、の弟さんが「ワタシが送りますけど…」と有難い申し出。「遠慮なく甘えます」とお手本になるような二つ返事。
最寄りのふじみ野駅までの15分ばかしでしたが、楽しいひと時をすごせました。

車に乗って耳に入ったのは、ナ○ク5。たまさかデイゲームで耳馴染みの野球中継。というのも冬場を除き、ラジオ局は野球中継が多いこと、といっても夕方からの散歩、午後一の掃除をする際のポケットラジオに依るのですが。

駅まで送ってくださったお施主さんの弟さんも野球観戦をしばしばするらしく、駅までの車中は野球談議。
布教癖か喋ると同時に法話モードに入るからか、自然、己が体験談になるのネ。我ながら、野球の思い出話も、草野球への思いも長いうえにクドイこと。

ロクに勉強もしないまま、仲間と素振りに明け暮れた日々を思い出しました。
いや〜若いって素晴らしい!……といっても、まだ30代。

2009年5月10日(日)
「いい天気ですね」=掲示板

牡丹咲き誇る本山から戻ってから、何だかんだバタバタしておりました。
年に一度あるかどうかの西光寺でのご法事を終えて、気忙しさからも脱却。
5/21に控えるM院でのお施餓鬼に向けて、本腰をいれてこうと、褌を締め直したワケです。

さて、今日のご法事が始まる2時間前のこと。
お施主さんから頼まれた本尊様へのお花を、花屋の旦那さんが届けにきてくれた。
小錦関の二の腕のような筒状の花瓶に、「そんな値段でいいの?」といいたくなるような豪華な生花。「仏さんへの気持ちョ」と照れ隠しの素っ気ない返事も常の如し。


帰りしな、
 「今月の掲示板にある文句は良いねえ!」
 「へっ?有難うございます」
(3か所あるうちの何れの文言か検索中)
 「言えなくなっちゃったよ、“忙しい”なんてさ」
 「
(本堂前の文言と確認!ちなみに『忙しいという言葉は面倒くさいと思っている時によく使う』)  えぇ、そうなんですよねェ。つい口に出してしまうんですけども」
 「確かに面倒くさいときに言ってるもんな!」
 「そうなんですよねェ。気を付けてるんですけど、出るんですよねぇ」


お寺での催事告知をおもな目的として設置した掲示板。初めて、催事の問い合わせや「いつも楽しみにしてるんです」以外のことばを聞きました。確かに、お寺にあるものは、お寺にいる者同士にしてみれば、天気の話題と同じように」共有できている情報なんですよねェ。

「そんなアプローチもありか」と内心嬉しかった5/10.

2009年4月18日(土)
パワポ?


 パソコンの接続はもとより、このWEBもふくめて他人まかせのここ数年。
比較的長い時間パソコンをいじってきましたが、さしたる問題意識もないまま今にいたるので、パソコンに関する知識や技術は「ワードが使えるかどうか」といったところ。

 この催しに、昨年の暮れから携わり、準備もいよいよ大詰め。孤軍奮闘の仲間から、「どなたかWパワポ”の作業をしてください」ときた。
年に2回、同じ志しを持つお坊さんが、50名近く打ち揃って、喧々諤々の議論を繰り広げています。
今回引き受けた作業は、議論をリードするスライドショーの原稿づくり。

 『PowerPoint』の略称だと分かったのは、「誰も手を挙げないなら、やりましょう」と返答してから。
「さすがにまずった」と思うのと「それ(パワポ)やりたいと思ってたんだよネ」が、ほぼ同時。


 一昨日からやってますが、親切な取扱い説明のWEBもあったりするので、何とかなりそうな予感が……根拠はありませんので。

 モチロン、6/2の催し自体は何の問題ありません。しっかりした仲間がついていますので。


2009年3月28日(土)
裏の裏はオモテ?
←はカミサンが「面白い寝相だから撮った」というものです。


 一見して、「なんてことないじゃん」と、デジカメの小さい画面から目を放したのですが、続きの↓を良くみると

……かなり捻っています。しかも「この格好で爆睡してたョ」とのこと。


 巷間は、卒業シーズンもひと段落というところでしょうか。ほどなく新生活をはじめる方も多いと想像します。

 別れがあるから出会いもあるし、苦しみがあるから喜びも有り難く感じる。
 スランプ続きで打てなかったからこそ決勝タイムリーにあれほど感情が揺さぶられる。
 世界規模の不景気に不安を募らせる一方で、実現不可能と思われた温室効果ガスの削減についちゃ明るい見通しがたったなんて。
 こう考えると、「この反面、こんなことがある」なんて物事の多いこと。

 良いことと悪いことが、うまいことバランスとって共存している世の中…だとすると、善悪・長短、好き嫌いなどで判断するにしても、それにかけている時間は短すぎたかも、と。

 考えられない姿勢で気持ちよさそうに寝ているネコの写真を眺めつつ、もう少し長い目で物事を観ていこうと思いついた次第。

2009年3月17日(火)
仏さまのお導き
お彼岸入りしましたねぇ。記憶にある彼の人に、半年に一度思いを寄せる一週間です。

境内に墓地があるお寺のお坊さんは、お線香番をしながら無沙汰続きのお檀家さんに、埋め合わせとばかりにコミュニケーションを図ります。エッ!?わたしだけですか?

お墓参りに来られた方が帰りしな、火鉢に張り付いているコチラへ、嬉しさと驚きの表情を浮かべて立ち寄ってくださるケースが間々あります。「何かあった?って聞いてヨ!」とでも言いたげな方に
  「何かありました?」
  「○○ちゃんと何十年ぶりに会った」
  「どうしてたか気にかけてた方と偶然会えたんです…」
などの言葉が、堰を切ったように紡ぎだされます。よほど嬉しかったのか、お話しされている方の興奮状態に、コチラも理由も分からず良いことをしたような心持になります。
しかもハナシの終わりには、判で押したように
  「仏さまのお導きなんですねぇ」
  「そのようですねぇ」
で収まりますし。

お彼岸を、仏教強化週間と考える大勢のお坊さんがいます。
お寺を後にするお檀家さんの笑みと、笑顔を見送る仏飯を食むわたしどもも笑顔。

ホント、言い得て妙です。
2009年3月2日(月)
拝まれる条件

とにかくその行動力に感動すら覚え、ここんとこ追いかけている一人のお坊さんがいます。
昭和のはじめに、総本山長谷寺(奈良県櫻井市)の能化(のうけ:長谷寺の代表者を意味します)を務めた、小林正盛僧正がその人です。

残されている史料のなかには、小林能化の生き様に肉薄したものもあります。
中でも好きな話が、「えらい坊さんに成らんでもいい。拝まれる坊さんになれ!」と、日頃から門下生を叱咤しておられたというもの。

何でこの話しがスッと入ってくるのかわかりません。ただ思い当たるのは、子供の頃に「腕白でもいい、たくましく育ってほしい」とナレーションが入るCMを散々みた、ぐらい。

「記憶に残る小林能化は、どんなご様子ですか?」と、四国で健在のご子息(90歳ちかいご老僧でいらっしゃいましたが)に、先日伺ったところ、「子供の頃のことなので、あまり覚えていませんが、良く拝んでましたかねぇ…」と教えてくれました。

そんな小林能化の臨終には、お焼香にこられた大勢のお坊さんが、供養の読経を奉じられたとか。
其の様子を、門下生は「日頃拝んでいたから、こんなに大勢のお坊さんに拝まれるんだ」と、心の底から生前の師僧の言葉を受け止めた、こんな記録も目にしています。

小林能化の門下生が見た「拝まれるお坊さん」の最期。おそらくこれと同じ光景を、二日続けて目の当たりにしました(100人近くのお坊さんの、重なり綾なす読経の声は、理屈抜きの有り難さです)。

心の底に響いてくる梵音に、確かに拝むお坊さんさんだったJ院(板橋区前野町)住職のお姿を、忘れないうちに思い浮かべました。

2009年2月28日(土)
何かの報せ?

久々に更新した余勢を駆って、じみちWEB内の整理をはじめました。
長いこと放っておいたも同然の複数ページを、「いっちょ、まとめるか」と昨夜から、空いている時間はパソコン前。
もっとも、多くの時間は作業が上手いこといかないのですが。現時点も、気分転換で日記の更新をしている、こんな進捗状況です。

月に一回あるかないかの更新を、昨日、今日と連日。しかも昨夜は、「観にくる人も観やすくなるだろうと思って…」などと、ぶっ続けで整理作業で夜更かしでしたし。
「もう遅いんだから、いい加減に寝なさい」とカミサンに怒れ(ここでは“うながされ”と読みます)、就寝しましたが。

何ですネ、こうした様子は、傍目には身辺整理としても映るんでしょうか。

朝からカミサンが、それとなく様子を推し量っているような。

2009年2月27日(金)
何をもって満足とします?

ここんとこ、はまっているものといえば漢方(基礎代謝をあげる薬効のものを飲んでいます)。きっかけは、今まで身に着けていた御袈裟が、不思議なことに小さくなって……もとい「この腹回りは、さすがにマズイ」と。

薬医の先生のお話しを聞いていて思ったのは、膨大な観察の積み重ねが今の漢方だということ。
「この根っこは体に良いのかな?」なんて了見で、乾燥させたり煎じたりした薬めいた何かを、一定期間服用し続ける。長いこと飲んでみて、効能の確認をとってきた、とでもいいましょうか。
先生が仰ることの其処此処に、経験論に裏打ちされた自信を、そこはかとなく感じたわけです。

もっとも、漢方だけじゃなく、あらゆるものが膨大な観察の積み重ねで成り立っていましょうけども。
西洋医学の処方や処置も、観察の積み重ねで進歩してきたのでしょうし、首都高速に敷設されている、ドライバーに注意を促す標示板や路面の塗装なんかも、過去に起きた事件の反省が活かされてのものでしょう。

新たに開店するラーメン屋さんは、10年前だったら行列必至のレベルにまで、味の研究が積み重ねられているようでどこも美味しいし(またラーメンの例えか!)、『こんにゃ○畑』だって、過去の事件から「これでどうだ!」という進化を遂げましたし。

私たち坊さんの法話にあてはめても、「如何に教えを伝えるか」の一念で工夫された例え話、資料集は幾らでもありますし、不肖ながらワタクシめも、数え切れない失敗(ここでは“けいけん”と読みます)で、ハナシと了見を磨いてきたことになるんでしょうし。の割りに、目を見張る成果をご披露できないのが情けないのですが。

漢方のスタンスに魅せられたのは、何をもって治ったとするのか?という視点。
手術をおえて退院する時点が“治った”のか、息を引き取る間際に病状はどうなってるのか、とまで考えて“治った”のか。
悠長といわれれば否定もできませんが、何となくグッとくるんですよねぇ。

尊敬する先生が急逝されました。
「時間はネ、つくらなきゃありませんからネ」と微笑みつつも、睡眠時間を削りに削って突っ走られていたであろうその背中に、憧れていました。

先生を偲ぶ言葉には、「志半ばにして…」という文言が必ず出てくるでしょう。
自身の生涯に満足されていたのでしょうかネ。
今となっては確認のとりようもありませんが。

2009年2月12日(木)
「だって良いものですし…」

江戸東京たてもの園に行ってきました。
いやぁ、初めて中に入ったんですが、「なんで今まで来なかったんだろう、こんな良いとこなのに…」と、自分の馬鹿さ加減にあきれるぐらい、満足できる施設でした。

カミサンに連れられ足を運んだわけですが、今回の特別展は要チェックです!
取り壊された建物のカケラのコレクションを展示していただけっちゃだけですが、これが思いの他刺激的です。

展示されていたカケラをガラクタと見做すのは簡単です。ただし、今は存在しない建物の姿をホンの一欠片から、ありありと思い浮かべられる不思議は見過ごせない筈です。

お寺も同じことをやっていると思うわけです。お大師さんが残した言葉を便りに、豊かな想像力が身につくように鍛錬したり、寿命を遂げられた方に僅かばかりの文字を戒名として授けたり。

考えてみたら結構やってますねぇ、少しの情報から元の姿を想像する、なんてことは。
 
 胸の内にある想いの幾ばくかを、手紙や歌に。
 一杯のラーメンから、その味の創り方や店主の苦労を。
 久々の更新日から、それまでの日常を(笑)

3/1まで。まだ観ていない方は、江戸東京たてもの園へGO!

2009年1月30日(金)
オイシイ話し

聞かれて困る質問に「好きな音楽のジャンルは?」があげられるでしょうか。もっとも、お見合いの席でもなければコンナ質問を受けることはありませんが。

最近はコチラにぞっこんです。
個人的には、声というより音なんですよねぇ。歌詞も分からないのに、かくも魅かれるのか取り立てて思い当たる理由が見当たりません。けども、とにかく手放せない。ある意味、中毒症です。

さて、本題といきましょう。
移動の車中もカーステレオは大音量でのホーメイ三昧。こんなことをしてるからでしょうか、精神状態も変調をきたしているんでしょう。

越生での滝行に臨むため、首都高速〜環八〜関越と車を走らせました。無論、その間も件のCDをまわしっ放し。
時間ギリギリに待ち合わせ場所。「さて荷物をおろそうか」と、運転席を降りボンネットを横切り助手席側の後部座席へ無造作に積んだ荷物を抱える。右膝の内側でドアを閉めたときに、我が目を疑いました。

給油口が開けっ放し、しかも給油キャップなし。
「この状態で、走っていたか……ていうか、昨日の晩だよな、給油したの」
とりあえず給油口だけしめて仲間と合流。キャップを忘れた事情を話し、午前中の勉強会だけこなして、滝行は取りやめることにしました。

キャップ?ちゃんとお店に残っていました。
店員さんもニヤニ…ニコニコしながら見送ってくれました。

2009年1月7日(水)
「飼い主も似る」?

きんと名づけた迷いネコの面倒をみるようになって3ヶ月になろうとしています。
そもそも犬好きなうえに、「猫は言うことを聞かない」「なんだか近づくと目が痒くなる」などの理由も手伝って、まったく興味も親愛の情を抱くこともありませんでした。

飼い始めると何とも居心地がいい。たしかに気まぐれで、飼い主の要求すべてに応えることはありませんが、その変わりに飼い主へも「ああしろ」「こうしろ」といったアピールがありません(もっとも個体の気性や躾が大きな要因でしょうけど)。

ここんとこ体がだぶついてきた(正しくは“より”だぶついてきた)。
原因が運動不足と過剰摂取の2点であることは自明なのに、「如何に楽して体を引き締めるか」という錬金術のような話題で、つい食卓が盛り上がる(バナナも見飽きた)。

きんちゃん(ネコ)はというと、かなりの成長をみせている。
こないだまでの人間魚雷はどこへやら。原子力潜水艦のようなフォルムで貪欲にエサを摂取。

体型はともかく、ハングリー精神だけは、見習いたいものと。

 ←昼間から大の字&高イビキ。幸い無呼吸症じゃないようだ。


2009年1月3日(土)
……一月ぶりの更新です(おやおや)

新年の催しもボチボチ落ち着いて、というところでしょうか。
コチラもおかげさまで、午前中はM院のお線香番、夕方過ぎに用事を済ませつつ。その合間を縫ってのことですが、お寺のお便りを2本(実家のG寺&西光寺のネ)脱稿。

もっとも、1本は昨年のクリスマスには掲がっていましたが。残りも構想を抱えつつウダウダしておったわけで。

昨日のことですが、M院(港区三田)へ年初めの墓参にいらしたお檀家さんから
 「先日はお世話になりました」
 「あ、はい、コチラこそお世話になりました」(何の出来事でご一緒したか検索中)
 「(はは〜ん、分かってないな)…平塚の親戚のお葬儀で、拝んでらしたから」
 「へっ? ああ! あのお宅のご親戚で」
 「そうなんです、親戚」

昨年暮れに、山形のお寺さんから依頼されたお弔いのご親戚が、M院のお檀家さんのお身内でいらした。
 「いつも、ああいったお話をされるんですか?」
 「ええ、まあ」

ご縁があってお参りさせてもらう折には、「これでお会いすることもないのかもしれない」なんて了見で拝んでいます(というか話しています)。
なんら恥じることも、隠し立てする必要もないのですが、表立沙汰になるとハナシは別のようで。